朝の通勤電車は、まるで押し花のようだった。
誰もが皺一つなく畳まれ、無言のまま定位置に押し込められている。
類はそのなかで、呼吸の仕方を忘れかけていた。
学生時代に抱いた「自分は特別だ」という誇りは、
吊り革の揺れとともに、次第に色を失っていった。
香水会社——それは華やかな世界だと誰もが思っていた。
だが、実態は違った。
「ヒットを出せ」「売上を伸ばせ」「トレンドを見ろ」
感性ではなく、数字が求められた。
彼の提案する香りは、何度も却下された。
「詩的すぎる」「分かりにくい」「売れない」
その言葉のひとつひとつが、
かつて演技の現場で浴びた評価とは異なる種類の冷たさだった。
そして、彼が学んだことは——
会社とは、均一化の装置である、ということだった。
昼休みの社員食堂。
誰かが「葉山さんって、あの有名な音楽家の息子でしょ?」と囁いた。
言葉には棘はなかったが、
そこに張り付く興味と距離感に、類は目を伏せた。
「偉大な父を持つ、普通の息子」
それが、周囲の暗黙のラベルだった。
努力しても、創造しても、
それは「父親の血だろう」と処理され、
失敗すれば、「やはり二代目はダメだ」と笑われた。
その悔しさは、演技の挫折よりも深く、鈍かった。
なぜなら、それは“努力では超えられない壁”のように見えたからだ。
類は反骨心を燃やした。
誰よりも早く出社し、
誰よりも遅くまで働いた。
会議室のホワイトボードは、彼の書き込みで埋め尽くされた。
数字、成分、ブランド戦略、感性の言語化。
何かを証明したかった。
“自分”の存在を。
そんなある日、社内のプロジェクトで新作フレグランスの立ち上げが告げられた。
類は自ら立候補した。
プレゼンの資料には、こう書かれていた。
——「ネロリ、それは記憶の扉を開く鍵。」
誰も知らないその香りの意味を、類は知っていた。
兄が遺していったもの。
初めて香りという表現に出会った日。
それは、自分の原点だった。
上司はひとこと言った。
「悪くない。少し詩的すぎるが、試してみよう」
その日、類は机の下で拳を握りしめた。
やっと、“自分の言葉”が、ひとつ届いた。
だが、喜びは長くは続かなかった。
ブランド部門との衝突、社内政治、広告戦略とのズレ。
企画は何度も修正され、
最終的に“ネロリ”は“シトラス・ブロッサム”へと改名され、
類の名前はクレジットから外された。
——また、誰かのものになった。
そのとき、類は気づく。
「誇り」は、“結果”ではなく“継続する意志”によって守られるものだと。
そして、企業のなかでは、
“結果”と“評価”は、必ずしも一致しないのだということにも。
深夜の帰路。
コンビニの灯りだけが点在する道を歩きながら、
類は、ふと胸ポケットから古びたネロリの小瓶を取り出した。
キャップを外し、
そっと香りを吸い込む。
兄の声が聞こえた気がした。
「類、おまえのやり方でいい」
そう囁いたのは、香りだったのか、記憶だったのか。
類は思った。
勝つことがすべてではない。
だが、負け続ければ、何も守れない。
それが、社会という場所だった。
この檻のなかで、どう“違い”を守るか。
それが、これからの課題だった。
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